・3月21日(日)
前の晩からいやーな感じの風が吹いていたので気を揉みながら床についたらば、翌朝はドアを叩く強風でお目覚め。
「お父さん、お父さん!きこえないの。春風さんがぼくになにかいうよ」
「落ち着きなさい、枯葉が風にざわめいているだけだよ 」
外へ出てみれば枯葉どころじゃなかったんですけどねー。立て看板だの自転車だのが総なぎ倒され。駅へ行けば
始発から運転見合わせにつき、朝マックを食いながら途方に暮れる朝5時半。
本来の計画では、まずは小湊鐵道といすみ鉄道を乗り継いで房総半島を横断、その後に北上して鹿島臨海鉄道で水戸へ、そこから水郡線で郡山へ抜け、磐越西線で会津若松にたどり着く――はずだったんですが、原案が朝6時半に出発して夜10時ごろ会津若松に入るというかっ詰め具合だったので、この時点で房総半島はアウト。こんな荒天じゃ、沿線の菜の花が満開でもねぇ。
そうこうしているうちに総武線の快速が運転を始めたのでまずは成田へ。各駅が先に動いていたら秋葉原→上野→宇都宮から日光線・烏山線の乗り潰しと、比較的安定してそうな東北本線で北上するつもりだったので、ここが運命の分かれ道でした。
成田からは成田線の下り(銚子方向)に乗って、鹿島線が分岐する香取駅。そして、鹿島線の実質的な終点の鹿島神宮駅へ。運転を再開したとはいえ成田以降は単線。時刻表が全く用をなさない運転っぷりで、交換交換また交換。
そして、鹿島臨海鉄道でようやく巡り会った定時運行。車両はボロでもダイヤは錦。直線ばかりの高架路線につき、沿線はあんまり撮るモノが見当たりませんでした。故に何となく車内。
あー、そうそう。実は鹿島臨海鉄道で一往復半しちゃったんですよ。鹿島線の車内にきっぷの入った手帳を忘れてしまいまして。それにしても、『なくした!』って気づいた時のあの血の気が引く感覚って、何度味わってみても慣れないものですね。眠気なんて一発解消――を通り越して、危うく貧血で倒れるところでした。いやいやマジで。戻った鹿島神宮駅で保護されていたからいいようなものの、先月の携帯に続いて若年性アルツの気が濃厚ですね、自分。ともあれこれ以降、降りる前には財布、携帯、手帳の指さし確認は確実に行うようになりました。
そして、
メイドトレインとすれ違いながらコミケットスペシャルの行われている水戸に到着。時刻は午後1時過ぎ。本来の予定ではここから水郡線で郡山へ向かうことになっていて、太田支線も含めた所要時間は約4時間。早めにたどり着いて会津若松の観光でもしようか。いやいや、郡山から会津若松へは1時間も掛かるから、着いた頃には真っ暗になってるはず。だったらいっそのこと、コミケットスペシャルの会場にでも行ってみようか……。
悩んだ結果が、ひたちなか海浜鉄道湊線です。水戸駅の隣、勝田駅が始発。ずらずらっと長い(三両編成)のは、前の二両がメイドトレインになっていたからだということに途中で気づきました。きっぷがこんなになってる段階で気づけよって話ですが。
通常時(1,000)より安いのは紙質のせいだと思います。これがもう、テッカテカのコート紙で……。
ただし車内は個人的にジャストミート。
板張りの床とか色々懐かし過ぎる……。うんと小さい頃に乗った
浅電を思い出します。そうそう、あの頃は電車はもちろんバスも床が板張りで、車掌用の降車ボタンとか立ちスペースとかワンマン化する前の名残があちこちにあって(以下、オッサンの懐古話につき略
終点の阿字ヶ浦駅。線路の向こうは鹿島灘。
入れ違いで走っている列車は通常編成だったので、今回ばかりは成り行き任せの大勝利でした――が、常磐線のダイヤの乱れが想定外で水戸駅に戻れない! 隣の駅なのに! 次に来るはずの列車で水戸に戻らないと、水郡線のコンプリートが難易度アップ。できなくはないけども、太田支線を捨てるか、終電で会津若松に入る(日付変更間際)か……。
ということで、定刻通りに動いていた下りのいわき行きに乗って、いわきから磐越東線を経由して郡山→会津若松。いわゆるプランBとして考えていたルートでしたが、結果としてこれが割と正解。低気圧も一緒に北上してたので、郡山から会津若松へ向かう道中が強風で抑止&間引きダイヤ(&単線)で、会津若松入りは定刻より50分遅れの午後11時。ホテルが駅前だからよかったようなものの外は吹雪。コンビニへの食料買い出しは翌朝の宿題と相成りましたとさ。
・3月22日(月)
路面凍結しまくりんぐの早朝5時半。
只見線で終点の小出(新潟県)まで。これを逃すと次は7時間後です。
まあ、逃したら逃したで磐越西線に乗って新津(新潟県)に向かえばいいや、と少し軽い気持ちでいたんですが……。
早起きして大正解でした。
会津盆地をU字に迂回し、会津坂下(ばんげ)駅で一回目の交換。
駅員さんが肩に掛けているのがタブレット。未だ自動閉塞化されていないおかげで、交換可能な駅は全て有人駅になってます。
以下、会津宮下駅。
会津川口駅。
只見駅。
沿線の雪景色のおかげで4時間に及ぶ乗車時間もあっという間でした。あさひ
さんは実に偉大なり。
ただ、少しだけ悔いが残るのは会津川口駅で開いていた売店のこと。地元の姫マスを使ったハンバーガーだの寿司だのが売っていて、こんなことなら前日の郡山でミスドなんか買うんじゃなかったと後悔しきり。18きっぷで潤うのはきっぷを買った駅ぐらいなもの(実際にはJR各社で分配)ですし、沿線にお金を落としてナンボのもんでしょというお話でございます。そう心掛けてはいるんですが、実際にはなかなか難しいというか、駆け足で巡りすぎというか……。
そうこうしているうちに終点の小出駅。
一緒に乗ってきた客の大半は、約十分の待ち合わせで越後湯沢方面の普通列車へ。新幹線に乗り換えれば首都圏へはあっという間です――が、下り方面の長岡行きは一時間後。駅前を所在なくうろつき、ようやくやってきた列車で越後川口駅に。
電話番号がすごいことになってますが、これが川口町のデフォなんでしょうか。もっとも、その川口町も来月から長岡市に吸収合併されるとか。しかし、この時の最大の関心事は『次の飯山線の列車は一時間半待ち』。駅前には何もないし、こんなことなら小出駅前のそば屋で何か食っておけば……。
という中で見つけたそば屋。駅からまっすぐ歩くこと数分、国道沿いにありました。
へぎそば二人前1,300。実際に食ったのは海苔が乗って+100でしたが、ただの刻み海苔と知ってたら迷わず普通を選んでたところ。いや、その、へぎそばに布海苔が入ってるという予備知識があったので、てっきりそれ系の特殊な海苔かと思って……。しかし、そばのうまさに変わりがあろうはずはなく。喉ごしと腰の強さが特徴的で、普通のそばのように前歯で切ろうと思っても切れないんですよこれが。
そんな、他の麺類とは一味も二味も違うへぎそば。もっとメジャーになって、『刺身にタンポポを乗せる』『肉まんの先っちょをねじる』に並ぶ、『そばを一口サイズに丸める』作業のバイトが求められる時代が来ればいい――わけないですね、やっぱり。
そして、満腹で乗り込んだ飯山線。
西へ向かうにつれて雪も少なくなり、戸狩野沢温泉駅で乗り換える頃にはすっかり消え失せてしまいました。
長野行きの列車を飯山線の終端、豊野駅で降りて、信越本線を北上して直江津に。そこからは毎度おなじみ北陸本線で帰宅、という流れでございました。どっとはらい。