← Back
2
「んー、メカ亞里亞ちゃんねぇ」
頭の後ろから楽しそうな咲耶の声が聞こえた。笑っているのか、ブラシを持った手が小刻みに揺れている。
「だって、亞里亞ちゃんてばヒナが何べんも言ってあげてるのに、ずっと同じことしか言わないんだもん」
言いながら後ろに曲げられた頭が、隣の咲耶の両手に挟まれて前に戻される。その動きで咲耶のベッドがきしみ、並んで腰掛けたふたりが小さく上下に弾んだ。お風呂上りでパジャマに着替えている。
「だから、もしかしたら鈴凛ちゃんが作ったのと入れ替わっちゃったかもって、それで怖くなっちゃって。……咲耶ちゃんも、そう思わない?」
「まあ、時々はそう思わないでもないけど……」
言葉を遮るように、半乾きの髪へブラシが入った。毛先が痒いところにこすれて気持ちいい。のどがひとりでに鳴った。
「でも、どうして裸になんかしたの?」
「えっとね、もしかしたらメカ鈴凛ちゃんみたいに、パカッて開くところがあるかもしれないって」
「あー、そっか。あのとき見てたんだっけ」
それは少し前の出来事。踊り場の床板を踏み抜いて落下したメカ鈴凛は、腰を境目に半分に分かれてしまったのだ。雛子はちょうどその場面に出くわしていて、応急処置の一部始終を見ている。
そして当のメカ鈴凛は重症ということで実家に帰されている。鈴凛が日ごとハンマーを振りかざして壁と格闘しているのは、彼女をこの家で修理改造できるだけの場所を確保するためだ。
「手品みたいに身体が半分になっちゃったから、ヒナびっくりしちゃったよ」
「びっくり、ねぇ。私は四葉ちゃんの説明にびっくりしたわ。『雛子ちゃんと亞里亞ちゃんがフジュンイセイコウユウしてマス!』って、あの子全然意味わかってないんだから。言葉だけ覚えても仕方ないのに」
咲耶が困った顔をしているのを見ると、それは少し恥ずかしいことらしい。胸が大きいとか小さいとか、お尻が大きいとか小さいとか、たぶんそういうお話。
「ねえ、咲耶ちゃん。それってどういう意味?」
「ヒナちゃんがもう少し大きくなったらね」
「やだ! ヒナ、もう大きくなったもん!」
勢いよく立ち上がるとベッドが弾み、咲耶がバランスを崩してよろめく。
「だって、亞里亞ちゃんよりヒナの方がいっぱいいろんなこと知ってるもん。ヒナは亞里亞ちゃんより小さいけど、いつもヒナが教えてあげてるから、ヒナの方がおっきいの」
ぶんぶんと大きく手を振ってアピールすると、咲耶がまた困った顔になった。
「亞里亞ちゃんは、みんなよりのんびり屋さんなだけよ」
「でも、白雪ちゃんは衛ちゃんより小さいけど、白雪ちゃんの方が大人でしょ? あと、四葉ちゃんと鈴凛ちゃんも、四葉ちゃんのほうが小さいもん」
「四葉ちゃんと鈴凛ちゃんならほとんど同じよ。たったの一月違いじゃない。それに、あの二人はああいう性格なんだから」
「けど、生まれたのは四葉ちゃんが先だよね? それなのに、鈴凛ちゃんの方がずっと大人でしょ? 鈴凛ちゃんはヒナの邪魔しないけど、四葉ちゃんはいっつもヒナの邪魔するから」
雛子からみると、四葉は『大きなお友達』以外の何者でもなかった。頭の上から何か言ってくるのではなく、同じ高さでいっしょになって考えてくれたり、悩んでくれたりする。年上としてはまったく頼りにならないが、本気になっていっしょに遊んでくれる大切な『お友達』だ。もちろん、ひみつ基地のこと以外で。
鼻息も荒い雛子を前に、咲耶はブラシを持った手を膝に乗せ、そっとため息をついた。
無言で言葉を捜し続ける姉を前に、雛子は居心地悪そうにもじもじとし始める。
――もしかしてヒナ、咲耶ちゃんのこと怒らせちゃったのかな。
雛子にとって、咲耶は姉以上の存在だ。
おっぱいが出なくて、そんなに年が離れてなくて、ご飯を作らないだけ。それ以外は、他の子のママとそんなに変わらない。『かけいぼ』だってつけているし、お風呂はいっしょに入ってくれるし、そして、ヒナにはいつもやさしい。咲耶ちゃんに嫌われたくないけど、でも、咲耶ちゃんだから、ヒナが大人ってわかってほしいのに。
そんな雛子の葛藤に気づいたのか、咲耶がふっと目元を緩めた。ぽんぽんと隣を叩いた助け舟に、雛子はすかさず飛び乗る。しかし、咲耶とは少し間を置いて座った。それが、雛子の『大人』としてのプライドだった。
咲耶は、座ったままお尻をずらせて雛子にくっつき、無言で再びブラシを当て始めた。
髪を梳かす音だけが、部屋の空気を微かに震わせる。
「――ヒナちゃんは、髪伸ばさないの?」
「えっ?」
雛子は振り返った。今度は、咲耶も頭を戻そうとしなかった。
「だって、いつも肩の上で切ってるでしょ。伸ばして結び目を下げたらほら、私とお揃いになるじゃない」
と、咲耶は雛子の髪を二つに分け、うなじのすぐ上でまとめて掴んだ。
「うん……ヒナも咲耶ちゃんみたいにしたいけど、でも……」
「でも?」
まとめた髪をひらひらと振り、おどけてみせる咲耶。だが、雛子はそれを振り切るように頭を戻した。
「ううん、何でもないの。ヒナは……今のままでいいよ」
「どうしたの、ヒナちゃん?」
「何でもないよ。ヒナは、今の長さのままでいいの」
私とお揃いになるじゃない。
雛子にとって、とても魅力的な言葉だった。きれいでやさしくて、かっこいいお姉ちゃん。料理はそれなりで、裁縫もまあまあ。それでも雛子には、憧れの存在だった。ヒナもいつか、咲耶ちゃんみたいになれたら――
しかしそれは同時に、何でも自分でやらなくてはいけないということだ。
咲耶はそれができている。雛子がいつも手伝ってもらっていること、全部だ。朝起きるのも着替えも、お風呂も宿題も。髪を梳かして結ぶのもそうだ。自分でできることは、何でも自分でやっている。
それに、長い髪は乾かすのも梳かすのも大変だ。今のまま咲耶に手伝ってもらいたかったら、これ以上長くできない。長くなればなるほど、迷惑になってしまうから。迷惑を掛け続けると、嫌われてしまうから。雛子が亞里亞を苛立たしく思ってしまうように。
雛子の身体が、心の迷いを映したようにゆらゆらと揺れる。後ろに寄り掛かかるでもなく、前に倒れるでもなく。
そんな雛子に両腕を巻きつかせた咲耶は、
「お姉ちゃんに隠し事する悪い子は、こうしちゃうぞ」
不意に雛子のわき腹をくすぐった。
「きゃははははは! やっ、やめてよー、く、くすぐったいってばぁ!」
「子供は隠し事なんかしちゃダメなの。ほーら、さっさと白状なさい」
「そっ、そんなこといってもあははは! おなか、い、痛いよぉ……っ」
そんなふたりに誘われたように、ひょこっと覗く顔があった。
「ねぇやぁ……?」
お風呂上りの亞里亞だった。
下ろしたままの髪はびしょびしょに濡れ、先端から水滴が落ちている。肩に掛けたタオルは、濡れてずっしりと重そうだ。
「どうしたの亞里亞ちゃん。髪の毛、びしょ濡れのままじゃない。千影は? いっしょに入ってたんでしょ?」
「姉やがね、先に出ててって言うから」
近寄るスリッパの足音に混じって、ぽたぽたと床を叩く水音。よく見ると、ナイトドレスにも大きな染みができている。
「まったくしょうがないわね、あのバカは」
咲耶が腰を浮かせ、その代わりに雛子の身体が沈んだ。
雛子は咲耶の上着の裾をぎゅっと掴む。咲耶が次に何を言い出すのか、わかってしまったからだ。
「いいわ。こっちにいらっしゃい、亞里亞ちゃん。私が乾かしてあげるから」
「何で?」
雛子は思わず声を上げてしまった。
「何でって、じゃあ、亞里亞ちゃんが風邪引いてもいいの?」
「そっ、そうじゃないけど……」
咲耶は口ごもる雛子から離れ、ベッドから身を乗り出して亞里亞を手招いた。
「ほら、いらっしゃい」
亞里亞は何度もあたりを見回して姉やの姿を探すが、やがて、とてとてと駆け寄り、咲耶の腕へ飛び込んだ。反動でベッドが弾み、雛子の身体がシーツから滑り落ちた。
「こーら、危ないでしょ」
咲耶が亞里亞の額を軽く小突いた。
「えへへへ」
亞里亞はくすくす笑いながら、さも当然のように咲耶の膝へまたがる。咲耶もそれを咎めない。
「咲耶ちゃん、ヒナは?」
上着をぐいぐいと引くが、咲耶は雛子を見ようともしない。
「ヒナちゃんの髪は乾いてるんだから、もういいでしょ? あ、歯磨きがまだだったわね。それぐらい、ひとりでも大丈夫よね?」
「う、うん……」
そう問われると、雛子は頷くしかなかった。
それでもなお未練がましくパジャマを掴む雛子をよそに、亞里亞は咲耶の胸に甘えかかる。
「咲耶ちゃんのお胸って、姉やと違って大きいの」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれちゃって。でも、姉やが悲しんじゃうわよ」
熱くなる目元に力を込め、雛子は思いのほどを絞り出した。
「ヒナは……ヒナは、咲耶ちゃんと――」
「あ、ごめん。そこのタオル取ってくれるかな?」
指差す咲耶の腕に、今度は頬ずりをする亞里亞。雛子はきゃあきゃあ騒ぐふたりに背を向けると、ローチェストの上のタオルを取った。
「ん、ありがとね」
手を伸ばす咲耶だが、視線は亞里亞に注がれたままだ。雛子はタオルを乱暴に押し付けると、一目散に部屋を飛び出した。後ろから、またふたりの騒ぐ声が聞こえる。とても楽しそうな咲耶の声。
初めて亞里亞に会った日、咲耶はこう言った。
亞里亞ちゃんはフランス生まれだから。
亞里亞ちゃんはすごいお嬢さま育ちなの。
亞里亞ちゃんはずっとお兄様に会えなかったのよ。
あの日を境に、何度も何度も聞かされた。
そして、最後に必ずこう言うのだ。
だから、やさしくしてあげてね。
――やさしくしてほしいのは、ヒナだって同じなのに。亞里亞ちゃんには、千影ちゃんがいるのに。
「そんなの、ずるいよぅ……」
走る雛子の足音に、他の姉たちが何事かと顔を突き出す。好奇の視線を振り切って千影を探す雛子だが、階段に差し掛かったところで上ってくる春歌に出くわした。
「まあ、一体何ですか。廊下は走るものではありませんよ」
「千影ちゃん、どこ?」
「はい?」
「だから、千影ちゃんはどこって聞いてるの!」
雛子の気迫に押され、春歌は一歩後ずさる。
「え、ああ、その、千影さんでしたら、先ほどリビングに――」
言い終えるのも待たず、転がるように階段を駆け下りる雛子。「走ってはいけません!」と投げ掛けられた声も、急ぐ雛子の心には届かない。
「千影ちゃん!」
走り込んだリビングには人影がない。続きのダイニングに目を向けると、そこにはコップを掴んだままで食卓に突っ伏している千影の姿があった。
「千影ちゃん、起きてよ! ヒナといっしょに来てよ!」
肩を揺さぶる雛子に、千影がのっそりと頭を上げる。その顔は髪の毛と同じぐらいに赤い。
「あ……ああ、雛子くんか。悪いが、後にしてくれないか? 少し、長風呂し過ぎたようだ……」
「ダメ! 今すぐ来て!」
焦点の定まらない千影を、雛子は前後にがくがくと揺さぶる。容赦のない責めに千影がたちまち根を上げる。
「わ、わかった、わかったからこれ以上は止めてくれ。本当に辛いんだ」
「つらいって、そんなのヒナもいっしょだよ!」
「え?」
一瞬真顔に戻る千影だが、ぐいぐいと手を引く雛子は考える時間を与えない。
「千影ちゃん、早く! 早くしてよ!」
「わかった、行くよ。行くから、そんなに引っ張らないでくれ」
千影はうっそりと立ち上がり、スライスレモンの入ったグラスを一気にあおった。飲み終えるか終わらないかのタイミングで雛子が手を引き、千影が思いっきりむせる。
「ほら、早く!」
「ちょっ、まだコップが――」
のぼせてふらふらの身体が抗えるはずもない。雛子の先導で、コップを手にした千影がよろめきながら続く。
二階に戻ると、やはり姉たちの視線が待ち受けていた。
「やややっ、どうして千影ちゃんが……まさか、千影ちゃんが真犯人だったのデスか?」
四葉が千影でいっしょに走る。
「待て、私が何をしたっていうんだ」
「えっと……コップ泥棒?」
「バカ。そんなわけあるものか」
四葉の他にも何人かくっつけながら、雛子たちは咲耶の部屋へなだれ込む。
髪はおおよそ乾かし終えたらしく、亞里亞が気持ちよさそうに目を細めながら咲耶のブラッシングを受けていた。
「ヒナちゃん、どうしたの?」
「ほら、千影ちゃん!」
短く告げた雛子が千影を押し出すと、亞里亞の顔がパッとほころんだ。咲耶の手を振り払い、勢いよく降り立つ。
「姉やぁ!」
「ちょっ、ま、待ってくれ――」
すっかり腰砕けな千影の胸に、亞里亞が勢いよく抱きついた。どすん、という鈍い音と、かしゃん、という甲高い音が重なった。
雛子は背後で繰り広げられる騒動には目もくれず、早足で咲耶に歩み寄った。
「ねぇ、どうしたの? ヒナちゃん、さっきから変よ」
「なんでもない」
つっけんどんに言い、咲耶の膝へよじ登る。怒られても嫌われてもいい。今は自分だけの咲耶ちゃんにしたかった。
「ヒナちゃん――」
「なんでもないの!」
雛子は咲耶の胸に顔を埋めた。咲耶も何も言わず、雛子をそっと抱き締める。
背中に体温を感じた途端、目の奥が急に熱くなった。
やわらかな胸に瞼が押し潰され、涙はこぼれなかった。
*
次の日は雨だった。
せっかくの日曜が潰れてしょんぼりする姉たちは多く、家中の空気もどこか寂しげな色に染まっていた。
二階の廊下の窓から下を覗き見ると、開いた傘が二つ、外へゆっくりと動いている。大きな青い傘と、それより少し小さなピンクの傘。ピンクの傘は、後ろ髪を引かれるように何度も何度も立ち止まっている。
「今なら、まだ追いつけると思うが……」
後ろからの低い響きに雛子は振り返った。扉越しの亞里亞の部屋、窓の前に置かれたソファーへ千影が腰掛けている。曇り空の白い光に覆われ、輪郭がぼんやりして見える。まぶしいのかまぶしくないのかよくわからない。
「咲耶くんが自ら言ったのだから、遠慮などすることはないさ」
「ううん、いいの。今日の咲耶ちゃんは、おにいたまとデートだから」
「そうか、デートか……」
そうつぶやきながら千影はゆっくりと首をめぐらせ、じっと壁を見つめた。その仕草はあのときの大人たちのようで、雛子は少し怖くなった。
しかし、千影は大人ではなかった。
「ふふっ、それはいいね……」
微笑んだ千影はゆっくりと仰向けに横たわる。読み掛けの本を胸の上に置くと、ひとつため息をついた。
その足元、部屋一面に敷かれたカーペットの上には、折り紙で遊ぶ亞里亞が座っていた。折り方を説明した本を広げ、紙を回したり頭を回したりしながら熱中している。
昨日の今日だというのに、この二人はいつもと変わりがなかった。思い切り腰を打って歩くのも辛い千影だが、その原因を作った亞里亞を叱ろうともしない。亞里亞も千影の腰を時々さするだけだ。
もっとも、十三人もの大家族で暮らしていればこんなことはしょっちゅうある。今では花穂がひっくり返っても誰も助けようとしない。皆、ちょっとやそっとのことでは動じない神経を備えるようになっていた。それでも、昨日の夜は春歌に少しお小言を言われてしまった。咲耶がかばってくれなかったら、もっと長引いていただろう。
今朝の咲耶は、雛子がびっくりするほどやさしかった。
カレンダーに丸をつけて指折り数えていた『お兄ちゃんの日』――ふたりだけで出掛けられる日に、雛子を誘おうとしたのだ。
一昨日までの雛子なら、大喜びで咲耶について行ったところだ。大好きな二人に囲まれてのお出かけなど、今までに何回あったことか。しかし雛子は、首を横に振り続けた。咲耶のやさしさがどこから来ているのかを、おぼろげに理解していたからだ。
雛子の見ている前で、ふと亞里亞の手が止まる。顔を上げ、ちらりと雛子を見た。
SOSに気づかないふりをする雛子だったが、まばたきを忘れ、いつまでも見つめ続ける亞里亞にはかなわなかった。
足が沈みそうなほどにふかふかなカーペットを踏みしめて近寄り、姉の真向かいに腰を下ろした。
「どうしたの、亞里亞ちゃん」
「これ……」
と、折り紙と雛子とを交互に見る亞里亞。
「わからないの?」
「うん、わからない……」
「ふぅん。それで、亞里亞ちゃんはどうしたいの?」
「亞里亞は……」
今度は本の上に指を這わせた。雛子は近寄って、そのページを覗き込む。
「折りづる?」
確かめると、亞里亞が笑顔を浮かべた。
「亞里亞ちゃんは、それが折りたいの?」
「だって、キレイだもの」
「折りかた、わからないんでしょ」
「折りたいけど、わからない……」
――わからないなら、教えてって言えばいいのに。
心の中で苛立ちがむくむくと頭をもたげる。横目でちらっと千影を見ると、胸の上に置かれた本が一定のリズムで上下している。かすかな寝息が聞こえた。
「ヒナは、知ってるよ」
軽く胸を張って言うと、雛子の予想通り、亞里亞は羨ましそうに顔を見上げてきた。いつもなら悪いことをした気持ちになるのだが、今は違う。これは、亞里亞のほうが悪い。自分から何も言わないで誰かにしてもらおうなんて。
「雛子ちゃんは、折りづる作れるの?」
「だって、ヒナは折り方知ってるもん」
亞里亞が改めて雛子を見、目をパチパチさせる。
「でも亞里亞は、折りたいけど知らないの」
「だから? ヒナは、折り方知ってるんだよ?」
「雛子ちゃんは、亞里亞に教えてくれないの?」
「そんなことないよ。言ってくれたら、ちゃんと教えてあげる」
「じゃあ、どうして?」
小首を傾げてみせた亞里亞は、本心からそう思っているようだ。
「だって、亞里亞ちゃんが、教えてって言ってくれないもん」
「言わないと、ダメ?」
雛子は
「だって、言わないとわからないんだよ」
「雛子ちゃんは、わからない?」
「それじゃあ、亞里亞ちゃんは何も言わなくてもわかるの?」
雛子がにらめっこのように顔を突き出すと、亞里亞はひくっと肩を震わせて身体ごとずり下がった。
「亞里亞は、姉やとだったら」
「ホントに? ホントに千影ちゃんがわかるの?」
雛子も、咲耶の身振り手振りで次に何をするのかわかることがある。その逆に、咲耶が雛子の先回りをすることもある。たぶん、亞里亞も同じことを言っているのだろう。だが、今は問い詰めずにいられなかった。
「姉やは、亞里亞の考えていることがわかるの」
そう言って亞里亞が振り向くと、ちょうど千影が身体を起こすところだった。
「ほらぁ」
「ちがうよ、今のは偶然だよ」
千影は目をこすりながら、ふたりを交互に見ている。
「一体何の話かな」
「あのね、千影ちゃん。亞里亞ちゃんが、千影ちゃんだったら亞里亞ちゃんの考えていることがわかるって言ってるの。それってホント?」
「ああ、まあ、何となくはね」
「ほら! 姉やは亞里亞の考えていることがわかるの」
笑顔の亞里亞とは反対に、雛子はぷうっと頬をふくらませた。
「とはいっても、何もかもというわけではないよ」
そんな妹たちの表情に、千影は何かを感じたようだ。
「きみたちは折り紙で遊んでいて、折り鶴を折ろうとしている。だがそれは、魔法や何かで心を読んだわけじゃない。そこに折り紙の本があるからわかるというだけのことだ。いくらなんでも、全てがわかるわけじゃない」
千影は人差し指をゆっくりと振りながら、まるで学校の先生のように語った。ふむ、と首を縦に振り、さらに続ける。
「要するに、観察しているだけなのさ。夏休みの宿題の朝顔だって、毎日ちゃんと絵日記を描いていれば花の咲くタイミングは大体わかる。そうだろう、雛子くん?」
「亞里亞ちゃんには聞かないの?」
「その頃はまだ日本へ来ていないからね。あるいは、まだ見たことがないのかもしれない」
千影が目を向けた先には、きょとんとした亞里亞の顔があった。そして、雛子を見つめる。
「これでわかってもらえたかな?」
「う、うん」
全部はわからなかったが、亞里亞への対抗心から雛子はとりあえず首を縦に振った。
「でも、亞里亞はわからないの」
亞里亞は正直だった。
「それは困ったね……」
「だから、姉や。その代わりに、亞里亞が今したいこと当ててみて?」
「それは困ったな……」
さしもの千影も、そろそろウンザリしてきたようだ。組んだ腕の隙間から見える指が、時計の針のようにこつこつと動いている。
「千影ちゃんのこと、あんまり困らせちゃダメだよ」
だが、向き直った亞里亞の顔には「どうして?」という疑問の色がありありと浮かんでいた。
「だって、姉やは亞里亞の考えていることがわかるもの」
「ちがうよ。ヒナが言いたいのはそういうことじゃなくて――」
「すまないが、折り紙を何枚か取ってくれないか?」
千影が腰をさすりながら身体を動かし、もぞもぞと座り直す。
「折り鶴を千羽折ると願いが叶うそうだ。そのときには、ふたりの考えていることがわかるようになるかもしれないね」
そう言って、千影はふたりの顔を交互に見た。
「教えてあげるから、手伝ってくれないかな?」
Next →