メメント盛り
薬師堂前の三叉路を北へ抜けてすぐにその食堂があるという。
「らっしゃい」
ガラガラと戸を引くと、薄暗がりの中から野太い男の声がした。
一歩踏み出して後ろ手に戸を閉める。中があまりに暗いのでよろよろと手近な椅子に座った。
「ご注文は」
一息入れる暇もなくゴブレットに注がれたお冷が目の前に出される。私は慌ててメニューに手を伸ばすが、実のところはもう既に決まっていたのだ。
「メ、メメント盛りを一つ」
メニューを眺める振りをした私は、真横にのっそりと立つ禿頭の主人へそう告げた。主人は何やら意味ありげにこちらを見つめると、『大太法師』とプリントされたランニングシャツの内側から携帯を取り出す。ボタンを何度か押して待つこと十数秒。
「前払いだ」
私が千円札を差し出すと主人は大きく頷き、くるりと回れ右してビーズの暖簾の向こうへと消えた。
メメント=モリ。ラテン語で『死を思い出せ』の意。
その名のメニューを出すところがあると知ったのは、インターネットの掲示板上でのことだった。
ある人は『極上の代物』と褒めちぎり、またある人は『ゲテモノ料理』と貶す。最初は名前の奇抜さだけに興味を抱いていた私だったが、次第にその評価のばらつき具合に惹かれるようになった。味の良し悪しだけなら意見が分かれるのはわかる。どんな名シェフでも百人中の百人を満足させる料理を作るのは至難の技というものだ。
だが、それにしても料理の詳細が一切伏されているのは奇妙な話だ。スレッド上でも定期的に『どんな料理なんですか?』といった書き込みがされるが、店の常連とおぼしきスレ住人たちは決まってこう返すのだ。行ってみればわかる、と。
奥の厨房からは何かを油で揚げる音が聞こえてくる。
入ってからそこそこ時間も経ったので、ようやく目も慣れてきた。私は改めて店内を見回す。一見して普通の大衆食堂だ。安っぽいビニール張りの椅子、所々が変色した合板のテーブル。部屋の隅には赤いプラスチックに覆われた14インチのテレビ。
しかし、よくよく見ると奇妙な箇所も多い。書棚にはゴルゴ13の代わりにニーチェの全集が納まり、新聞はロシア語、先ほどちらりと見ただけのメニューはアラビア語で表記されていた。まったく、ここはどういった人間が利用するのだろうか。お昼時だというのに客は私一人だけだ。店のほうも主人しかいないらしい。
柱に掛けられたフランス革命暦のカレンダーへ目を通すうちに主人が現れた。頭上に掲げた大鉢からは湯気と香ばしい匂いが立ち昇っている。
「はいよ、お待ちどお」
鉢の中を覗き見た私は思わず、ひっ、と悲鳴を上げた。そこには鶏の首の素揚げが山盛りになっていたのだ。
不意に死骸の山が崩れ、白く濁った瞳と目が合った。
メメントモリ、メメントモリ、メメントモリ。思い出せ、死を思い出せ。我らの死を、思い出せ。
「京都産だ」
私の心を見透かしたかのように主人がぼそりと告げる。
三十分後、私は食堂を出た。
鶏の匂いに惑わされた野良ネコたちが私を追い回す。
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