ぽたぽた−3
額からこめかみへと、汗が伝わり落ちる。
始めこそ飛び散る水飛沫に悲鳴を上げていた咲耶だったが、慣れない作業に取り組むうちに、自然と気にならなくなっていた。
手で洗う、とはいっても洗剤を泡立ててから少し揉みほぐす程度のものだ。年配の女性から見ればまさに噴飯ものだろうが、年頃の少女の衣類は洗濯板を必要とするほど汚れるものではない。洗剤の質も昔とは比較にならないほど向上しているので、特に力を入れて洗う必要もない。つまりは全然大した作業ではないのだが、いつも指一本で済ませていた咲耶にはなかなかハードな仕事だ。
それに、衣類は簡単に終わっても、肝心のテーブルクロスの染みはそうそう容易い相手ではない。何しろ、カレーにソース、コーヒーという、最悪のトリオだ。普通に揉みほぐしてはダメで、ブラシで叩き出すなければいけないという。とにかくしつこい。何度も何度も叩いて、ようやく色が落ちたか落ちないか、という程度だ。家事全般に明るい春歌が応急処置を施さなかったら、もっと酷いことになっていただろう。
湿った布を叩く鈍い音がする度に、細かい水の粒子が光の中を漂う。
額の汗を手の甲で拭おうとして、ようやくゴム手袋の存在を思い出した。絶え間なく吹き出る汗で、ゴムが完全に肌へ密着している。手袋の先を引っ張って脱がそうとするが、強力に貼りついてびくともしない。咲耶は仕方なく服の袖に額をすり付けた。
「疲れたんだったら、少し休んでもいいよ」
さっきから体をもぞもぞとさせる咲耶を上目で見て、鈴凛が声を掛けた。
「で、いくら払えばいいの?」
「ひどいなぁ、もう。そんなに守銭奴扱いしなくてもいいじゃない」
抗議しながらも、鈴凛の手はリズミカルに動く。
「そう? お兄様から、聞いた、話だと、そう、なって、るんだけど」
手袋を外そうと努力しながら咲耶が喋った。
「アニキから? 参ったなぁ」
今度はパタパタと手を振るって、遠心力で脱がそうとする咲耶。
「あら、違ったかしら。さっきだって、私に指導料を請求したでしょ」
鈴凛は動きを止め、泡だらけの手で頭を掻いた。
「あ、いや、まあ、あれはほんの冗談っていうかさ、ほら、アタシって咲耶ちゃんの事そんなによく知らないから、それで、ああいうシチュエーションだとどんな反応するのかなぁって」天井へと視線をさ迷わせながら一気にまくしたてると、おもむろに咲耶を見て、「あ、でも返さないからね」
「はいはい、わかってますって」
咲耶はため息混じりの声で答えた。ため息は鈴凛の態度にではなく、むしろ頑固に貼り付いた手袋に対してだ。作業に没頭している時はそうでもなかったが、一度意識し始めると気になって仕方がない。
咲耶のため息を違う意味にとったのか、鈴凛が弱々しい口調で、
「えっと、あの、やっぱり、返したほうがいいかな?」
「ん? ああ、いいのよ別に。っていうか、さっきから手袋がなかなか脱げなくって」
「それは上からやるんじゃなくて、下からまくり上げればいいと思うよ」
「あぁ、なるほどね」
早速、手袋を剥がしにかかるが、指の先端の隙間が邪魔してなかなか思うようにいかない。うんうんと唸る咲耶を見かねたのか、鈴凛が立ち上がって手を伸ばした。
「アタシが手伝う。あ、もちろんお代はサービスね」
鈴凛はそう言いながら、ゴム手袋の端に指を掛けた。咲耶はスツールに腰掛けたままなので、鈴凛が覆い被さる格好となっている。二人の体で仕切られた狭い空間に、汗混じりの少女の体臭が立ち込める。
よほどに手がふやけているのだろう、鈴凛が手伝ってもなお手袋はしつこかった。鈴凛の指が、咲耶の手の上をせわしなく這いまわる。咲耶はその様を何気なく見つめ、不意に言った。
「綺麗な指ね」
「ふぇ?」
思わず鈴凛が素っ頓狂な声をあげた。
「羨ましいわ。できるんだったら取り換えっこしたいぐらい」
「な、な、何言ってるの咲耶ちゃん?」
動揺のあまり、声が裏返っている。心なしか顔も赤い。
「あら、私は見たまんまを言っただけよ。本当にきれいじゃない」
今まで気付かなかったのが不思議なほどに、鈴凛の指は細くて長く、そして華奢だ。いつも工具を、ドライバーやスパナを握っている彼女ばかり見ているから、それでわからなかったのだろうか。
「全然そんなことないよ。だってほら、いつも傷だらけだし」
確かに鈴凛の手は、様々な種類の傷で彩られていた。そのほとんどはすり傷や切り傷だったが、中には火傷とおぼしき水ぶくれもある。
「傷だったら治るから別にいいじゃない。指の形なんてどう頑張っても変えようがないんだから」
咲耶はどぎついピンク色の手を上下に返しながら、
「あーあ、私の指ももう少し細かったらいいのに」
「でも、指だけが綺麗でも意味ないよ。まあ、手タレにはなれるかもしれないけれど」
そう言いながら鈴凛は自分の手をそっと撫でた。傷を一つ一つ確かめるように。
「別に嫌いってわけじゃないよ。よく働いてくれてるし。それにほら、細くて長いってことは、狭くて奥まった所にも届くでしょ。おかげで何回かジジの手伝いもできたし」
「ジジ、って?」
「あ、ゴメン。アタシがお祖父さんのことをそう呼んでたの。その世界ではちょっとした発明家で知られてて、アタシに機械いじりを教えてくれた先生ってとこかな」
鈴凛はスツールを足で引き寄せ、腰掛けた。
「ジジはずっとアタシの目標だったんだ。だから、この細い指で奥まった所のネジ回したりなんかして、ほんの少しだけでもジジを手伝えて、本当に嬉しかった。それで『リンの手は働き者じゃな』って誉めてくれて、お揃いの小さい白衣も仕立ててくれて」
「だったら、もっと自信持っても――」
「綺麗とか可愛いとか言ってくれたことはあったけど、それはあくまでアタシの作った物に対してだったから。だから――」そこで一旦言葉を切った。「だから、綺麗って言われても、その、どういう態度をとればいいのかよくわからない。アタシは機械じゃないから」
「何ていうか、相当な重症ね」と天井を仰ぎながら咲耶。「レディの扱いがまるでダメダメなお兄様にも、多少問題はあると思うけど」
「その、アニキは悪くないよ。アタシが会う度に研究資金ねだってて、行く所といえば電気街とかそんなだから、多分それで」
「会う度、ねぇ」
咲耶が兄に会う度にせがむことといったら、腕を組んで恋人同士のように振舞うこと、ぐらいなものだろうか。その結果、兄が咲耶に振る話題といえば、咲耶が身に付けている服やアクセサリなどが大半を占めている。鈴凛の話だけで断定はできないが、恐らく他の妹たちにも同じような態度をとっているのだろう。可憐にはピアノの話、衛にはスポーツの話、白雪には料理の話、といった風に。
別段、それが悪いといっているのではない。新興宗教の勧誘員みたいに相手の気持ちを慮ろうともせず、一方的にしか話さない兄ならばいない方がマシというものだろう。妹たちの性格を把握した上で話相手になり、かつ十二人全員から一様に慕われるなど、並大抵の人間では勤まらない。だからこそ尚更に、姉妹間での牽制も激しくなるのだが。
ともかく咲耶からすれば、兄の言動は大変に許しがたい。鈴凛の話を聞くに、我が愛しのお兄様は鈴凛の指の美しさに全く気付かないボンクラ、ということになるからだ。
「再教育が必要ね!」
咲耶は勢い良く立ち上がって宣言した。そんな咲耶に、鈴凛はポカンと口を空けている。
「鈍感なお兄様もお兄様だけど、鈴凛ちゃんも鈴凛ちゃんよ。もっと綺麗にならなくっちゃダメね」
「い、いいよアタシは。今のままで十分なんだからさ」
「ダメよ、ダメ。元がこれだけいいのに何もしないなんて、罪作りにも程があるわ」
「だから、アタシはこれで、今のままでいいの。どうせアタシは機械いじりしか取り柄がないんだから、咲耶ちゃんみたいになれないから、だから、おしゃれなんかしても意味ないの」
わずかに怒気を孕んだ声が咲耶を拒絶した。咲耶は鈴凛に手を伸ばそうとして、止めた。
「ねえ、どうしてそんなに自分を卑下したがるの? 鈴凛ちゃんなら、少し手を入れるだけで見違えるぐらい綺麗になるわ」
「咲耶ちゃんこそ、どうしてアタシにこだわるの? 敵に塩送るようなものじゃない。ライバルは少ない方がいいに決まってるんだから。普通じゃないよ、それって」
打って変わって、弱々しい声の鈴凛。
「アタシが咲耶ちゃんの立場だったらそんな非合理的な行動はしない。あくまで自分の領域で勝負する。二兎を追って自滅なんてしたくないから」
「それで、着飾らない?」
「うん。ジジはそんなこと教えてくれなかった。アニキも、アタシの見た目には何も言わなかった。ただ、アタシが機械いじって、それをアニキやジジが見て。ずっとそういう関係だったから。これからもそれでいい、って思ってたけど」そこで咲耶の顔を見て、首を横に振る。「アタシは皆みたいになれないから」
「でも、私も鈴凛ちゃんみたいになれないわ」
咲耶は心に浮かんだ通りを口にした。
「それを言ったら私の立場がなくなっちゃうじゃない。可憐ちゃんはピアノが上手で、亞里亞ちゃんは素敵な歌声の持ち主で、春歌ちゃんはお茶とか踊りとか何でもできて、千影は――」咲耶は不機嫌そうに鼻を鳴らした。「癪だけど、千影の占いはよく当たるわ。腹の立つぐらいにね。それに引き換え私はどう? 一番の年上ってだけで、なんにもないじゃないの。せいぜいが着飾ってお兄様にまとわりつく程度のものね、私って」
咲耶は喋っているうち、急に笑いがこみ上げて来た。私は一体何を話しているのだろう。こうもあっさりと、ライバルに自分の本音を曝け出すなんて。ライバル? 違う、彼女はライバルなんかじゃない――
「姉妹だから、って理由じゃダメ?」
「え?」
鈴凛が怪訝そうな顔で咲耶を見た。
「鈴凛ちゃんは、そうね、例えば白雪ちゃんがお兄様に料理の味を誉められているのを見て、どう思うかしら?」
「どう、って。それは『いいなぁ』って羨ましく思ったり、ちょっと悔しく思ったりするかな。でも、同じ姉妹だからそんなに悪い感じは――」
鈴凛は何かに気付いたらしく、そこではたと口をつぐんだ。
「その言葉、信じてもいいの?」
「どういう意味?」
今度は咲耶が訝しむ番だった。
「咲耶ちゃんがどういう考えでみんなに接しているかアタシには何となくわかる」そう一気に言うと、慌てた口調で付け足した。「あ、もちろんただの憶測。アタシだったらそうするかも、ってこと」
「そっか、バレバレなのね。さすがは鈴凛ちゃん、と言うべきかしら」
浴室全体がフッと暗く沈む。いつの間にか、窓の外は雲で覆い尽くされていた。
「で、どうするの。お兄様に密告でもしてみる?」
咲耶は低い声で言った。
「まさか。咲耶ちゃんには今のままでいてもらわないと。大体、アニキに告げ口なんてできないって。逆に嫌われちゃうじゃない」
「それもそうね」
気の抜けた声で相槌を打ちながら、咲耶は反射的に兄の顔を思い浮かべていた。表情がさほど変化しない、けれども常に穏やかな笑みをたたえている顔。咲耶とは二年しか年が離れていないのだが、達観したと感じられなくもないその表情のせいで、実年齢よりずっと大人に見えることもある。いつだったか、二人で腕を組みながら街を歩いている時に、親娘と間違えられたこともあった。咲耶が目尻を吊り上げながら兄妹であることを説明すると、その老婆は目をしばたたかせて、そちらの男の方があまりに落ち付いているものですから、と言ったものだ。
そういえば、と咲耶は気が付いた。記憶にあるのは笑顔のお兄様ばかりで、怒っている顔を見た覚えが――少なくとも自分たちの前では――ない。洋服の組み合わせに時間を忘れてデートへ遅れても、ふざけてぶつかってお兄様のシャツに口紅を付けてしまっても、私が何をしても声を荒げたりはしなかった。私だけじゃない、他の子に対しても同じ。優しい、という言葉で表現するのにためらってしまうほど、お兄様は優しい。
そこまで考えて、ふと咲耶の心に影がよぎった。今の私たちのやり取りを聞いたら、一体どんな顔をするのだろう。いつものように優しく微笑んでくれるのだろうか。それとも――
「全ては、お兄様のためを思ってのことよ」
「そう? うん、だったらいいよ。信じる」
「どうも気に入らないわね」咲耶は小さく鼻を鳴らした。「そこまでわかっていながら、まだ私に任せようっていうの? どういうつもりかは知らないけれど」
「ありゃ、アタシってもしかして疑われてる?」
鈴凛は芝居がかった仕草で肩をすくめてみせた。そして、ふとうつむいて咲耶から視線を外すと、「姉妹だから、って理由じゃダメかな?」
「姉妹だから、って」
咲耶がおうむ返しに尋ねた。
「たとえそれがよこしまな考えでも、結局はアニキに結び付くんだからアタシは別にいいと思ってる。もし、咲耶ちゃんがアタシと何の繋がりのない、赤の他人だったら絶対に許さないけど、ほら、咲耶ちゃんとは姉妹だから。何かの間違いでアニキが咲耶ちゃんを選んでも、それでアニキが幸せになるんだったら少しは諦めもつくと思うし」
「あら、戦う前から白旗? おもしろくないわねぇ」
「冗談言わないでよ。そのためのメカ鈴凛なんだからさ」
「なるほど、今のままでも勝算はあると考えてるのね」腕組みをし、二つのふくらみを殊更に強調するように胸を反らす咲耶。「どう? これでも勝てると思う?」
「勝てない敵に正面から挑むほどアタシは馬鹿じゃありません」目を閉じて顎を軽く上げ、すまし顔を作って答える鈴凛。「でも、援助してくれるんなら、時々は同じ土俵に立ってあげてもいいけど」
咲耶は猫がうなるような、フーッという声を出してから大きな笑顔を作った。
「じゃ、これで決まりね」
そんな咲耶を鈴凛はうろんな目つきで見た。
「自腹切るのって、そんなに楽しい?」
「そんなわけないじゃないの。でも、私の企みを理解してもらった上で黙認してもらえるんだったら、リップの一本や二本なんて全然大したことないわ。それに、女の美しさっていうのは競い合うことによってより磨かれるものなんだから」
「それ、雑誌か何かの受け売りでしょ?」
「ご名答、って鈴凛ちゃんもそういうの読むんだ」
「あー、なんかその言い方ってちょっと傷つくなぁ。でもまあ、アタシのイメージに合わないのは確かだけど」
やや不満げに鈴凛は口を尖らせた。
そんな鈴凛をなだめるように咲耶が、
「そういう意味じゃ、みんな大変よね。私には性悪女のレッテルが貼られているみたいだし、千影は普段があんな風だから、自分がかわいい物好きだってカミングアウトできないし」
咲耶は一人ごちながら、さらに続ける。「こうして一つ屋根の下で暮らしたりしなかったら、みんなの事を知ろうともしなかったんじゃないかって思うの。そうしたら鈴凛ちゃんは、私の中で『機械いじりが好きな子』ってだけでおしまいね、きっと」
「アタシはどうかな。やっぱり咲耶ちゃんのことは敬遠してたかも」そこで大きく一つくしゃみをした。「……話が合わない、ってわかってるのに話しかける勇気はさすがに無いし」
鈴凛の顔が歪み、浴室に再びくしゃみが木霊した。
「誰かが鈴凛ちゃんの噂でもしてるのかしら」
「そうじゃないよ。手が止まったから体が冷えてきて」
小さく鼻をすすりながら鈴凛が答えた。
「ダメじゃないの。そのままじゃ風邪引いちゃうから、ほら、さっさと着替えてくる」
咲耶は立ち上がって、手振りで鈴凛を動かそうとした。
「え? でも、これ、まだ途中だし」
「着替えぐらい、そんなに時間掛からないでしょう? ついでにそのつなぎも洗ってしまえば一石二鳥じゃないの」
「まあ、それはそうなんだけどね」
首を傾げて頭を掻く鈴凛の顔には、当惑の表情がありありと出ている。
「ほーら、ぐずぐずしない。私の気が変わらない間に行ってきなさいって」
咲耶はそう言い、鈴凛の肩口を軽く引っぱり上げる。そこでようやく、鈴凛はのろのろと立ち上がった。
「あの、ところでさ。ちょっと聞いてもいい?」
下から覗き込むような仕草で鈴凛が尋ねた。
「何? 改まって」
「もしかしてこれも、アニキを喜ばせるための一手段だったりする?」
しばらくの間、咲耶はまばたきを忘れて鈴凛を見つめていた。しばらくして笑いながら、
「姉が妹の体調を気遣うのは当然でしょ。だから、ほら」
鈴凛の両肩を掴み、その体を180度と反転させて戸口へと押し出した。
「そっか、そうだよね」
言いながら、鈴凛の頭が何度も小さく揺れた。
「じゃあ、急いで着替えてくるから少し待ってて、咲耶お姉ちゃん」
そのまま振り返りもせず、鈴凛は浴室を出て行った。
一人残された咲耶は、去り際に鈴凛が残した台詞を反芻していた。
「咲耶お姉ちゃん、か」
そう言われて初めて、自分がちゃん付けでしか呼ばれていないことに気付いた。年齢にあまり差の無い千影や春歌は別としても、かつて同じ家に暮らしたことのある可憐や雛子までもが“咲耶ちゃん”と呼び掛けてくる。何かあれば頼ってくるし、年長者の咲耶を軽んじているわけでもない。一人の兄を巡り同じ位置に立って争うライバルとしての、言うなれば横の繋がりが、姉と妹という縦の繋がりに比べてより強く意識しているのだろう。
「咲耶お姉ちゃん」
もう一度口にした。
さっきは年上風を吹かせてみたものの、本当はそれほど気持ちを込めたつもりはない。鈴凛の疑問は実に的確で、彼女が風邪でも引こうものなら優しい兄のこと、看病で鈴凛に付きっきりになる姿が容易に想像できる。そうなれば咲耶はもちろん、他の妹たちが不満を漏らすのは目に見えているし、その板挟みとなって苦しむのは他ならぬ兄なのだ。
大して考えもせずに姉妹の絆を強調してみせたが、それに対する鈴凛の態度はまたしても咲耶の予想を越えていた。
姉妹の絆。
ふと、もう一つの未来予想図が咲耶の脳裏をよぎった。だが、すぐ頭を振って打ち消した。あまり情に流され過ぎては、兄を手に入るどころではなくなってしまう。
「咲耶ちゃん?」
自分の肩に置かれた手で、背後の鈴凛にようやく気付いた。
「ど、どうしたの? いきなり」
「いきなりって、さっきからずっと咲耶ちゃんのこと呼んでたんだけど」
言うなり、咲耶の額に手を当てた。
「もしかして、咲耶ちゃんも風邪引いちゃったとか」
咲耶は鈴凛の手をそっと押し退けながら、
「そんなわけないわよ。ちょっと、考え事してただけだから」
「考え事? ふーん、そう」
鈴凛は気の無い声を出しながら、先ほどまで着ていたつなぎを水に浸した。呼び方が“咲耶お姉ちゃん”から“咲耶ちゃん”に戻っていたが、咲耶にとってはそんなことよりも鈴凛の格好の方が問題だった。
「またつなぎなの? もう少し、普通に着られる服は無いわけ?」
「無いわけじゃないけど、それはアニキと一緒の時専用。って、そんなことより早く洗濯終わらせない? 今日はみんな、早くお風呂に入りたいと思うし」
「ん、そうね。じゃあ、さっさと済ませて鈴凛ちゃんのクローゼットを家庭訪問」
「あ、だったらアタシは咲耶ちゃんのアクセサリー漁っちゃうから」
二人はお互いに視線を合わせて、くすくすと笑った。
雲間に隠れていた太陽が姿を見せ、光が再び浴室を満たした。
Fin.
← 戻る
↓ サイトのトップへ