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 夜になってベッドに入っても、亞里亞ちゃんはなかなか眠れませんでした。
 電気を消したお部屋はまっくらなはずなのに、カーテンのすきまから入ってきた月明かりが机やたんすをぼんやりと浮き上がらせています。今日は時間割の文字やカレンダーの数字が読めて、いつもの夜よりも明るい気がします。
 気になった亞里亞ちゃんは、静かにベッドを下りて窓ぎわに立ちました。
 カーテンを開けると、紺色のお空にはカスタードプディング色をしたまんまるが浮かんでいます。
 今夜は満月のようです。
 お月さまの光がまるで太陽みたいに降っていて、窓の外を青白く照らしています。さすがにお昼と比べれば暗いのですが、でも、亞里亞ちゃんには十分なぐらいに明るいのです。その証拠に、さっきはわからなかったウサギさんと風船も今ならちゃんと見ることができます。
「やっぱり、夢じゃなかったのね」
 しかし、本当にいるとわかったので、亞里亞ちゃんは急に不安になってきました。なぜなら、ウサギさんの巣は土の中にあるからです。亞里亞ちゃんが立ったままでは眠れないように、ウサギさんもこのままではずっと起きていなくてはなりません。それに、眠いのをがまんしてふらふらになったら、木から落ちてケガをしてしまうかもしれないのです。
「早く助けてあげなきゃ……」
 でも、こんな夜おそくにお外へ出たことがありません。亞里亞ちゃんはまだ子供なので見つかったらきっと怒られてしまいますし、それに、途中で眠くなったら大変です。
 ちょうどそのとき、遠くから柱時計のチャイムが聞こえてきました。
 一回、二回、三回……十一回、十二回。
 十二時になりました。鈴凛ちゃん以外のみんなはもう眠っている時間です。鈴凛ちゃんにさえ見つからなければ、今からでもお外に出られるかもしれません。
 亞里亞ちゃんはしばらく迷いましたが、ウサギさんのことを考えると気持ちがそわそわしてこのまま寝られそうにもありません。なので、助けに行くためにお外へ出ることにしました。
 お出かけが決まったら、まずはその準備をしなくてはいけません。といってもただ遊びに行くのではなくて、ウサギさんを助けるのが目的です。亞里亞ちゃんはぐるっとお部屋を見回して、役に立ちそうなものを探します。
 最初に目にとまったのはウサギさんのぬいぐるみです。ひとかかえもある大きさですが、同じウサギさん同士ならもしかしたら話が通じるかもしれません。
 次はシーツです。ウサギさんが下りるときに広げておくとケガをしなくてすみそうですし、もし途中で眠くなったら地面にしいてベッドの代わりになります。
 そして、机に置いてあるポットからキャンディを三つだけ取り出しました。本当はニンジンがよかったのですが、お腹が空いているときは何でも食べてくれると思ったのです。
 キャンディをポケットに入れて、二つに折ったシーツはマントのように掛けて、ぬいぐるみを肩ぐるましてあげて、これで準備はできました。鏡に映してみると、大きな白いからだの上にウサギさんの頭がのっていて、まるで本当のウサギさんになったみたいです。これなら、怖がらずに下りてきてくれるかもしれません。
 亞里亞ちゃんは静かに扉を開けて、右を見て、左を見て、もう一度右を見て、廊下に誰もいないの確かめてから部屋を出ました。フランスにいたときと違ってカーペットが敷いてないので、ふつうに歩いていても床が鳴ってしまいます。みんなを起こさないように、そうっと歩かないといけません。
 ぬき足、さし足、しのび足。
 みんなのお部屋は一列に並んでいるので、学校のように長い廊下に扉がお行儀よく列をつくっています。扉の向こうからむにゃむにゃという寝言が聞こえたり、がさごそといった身じろぎする音が聞こえたりして、亞里亞ちゃんはそのたびに立ち止まってしまいます。ウサギさんの格好をしているのに、歩く速さはカメさんと同じです。
 ようやく階段までやってきて、亞里亞ちゃんはほっとため息をつきました。ここを下りれば玄関の前に出るので、すぐにお外へ出られます。
 亞里亞ちゃんは振り返って誰も起きてこないことを確かめると、ゆっくりと階段を下りていきます。
 踊り場の壁にはステンドグラスがはまっていて、赤や青や緑色をした大きなモザイクが床にちらばっていました。お月さまの作ったモザイクは昼間とちがってとてもぼんやりしていますが、でも、どちらかといえば亞里亞ちゃんはそのほうが好きです。じっと見ていると夜の色にモザイクがとけだしてゆきそうで、なんだか『睡蓮』を思い出します。
 『睡蓮』はフランスのお家にあった絵の名前です。水の色と、水に映るお空の色と、睡蓮の花と葉の色とが横いっぱいに広がって混ざりあっていて、お昼寝から目覚めたすぐあとのときのような、そんな感じの絵です。
 亞里亞ちゃんはその『睡蓮』が好きで、飾ってあるお部屋へときどき遊びにいっていました。そのお部屋には他にも色々な絵や彫刻なんかが飾ってありましたが、亞里亞ちゃんが好きになったのはその『睡蓮』だけでした。他のはどれも色や模様なんかがはっきりしすぎていて、見ていてもぜんぜんつまらなかったのです。
 遠くから一度だけチャイムの音がしました。あっという間に三十分が過ぎてしまったみたいです。あわてながら、それでも静かに階段を下りようとしたそのとき。
「――亞里亞くん」
 階段の上のほうから低い声がしました。見上げると、黒いローブを着た姉やが不思議そうな顔でこちらを見ていました。
「ね、姉や……?」
 大変です。いくらやさしい姉やでも、こんな時間にお外へ出ると言ったらきっと止められるにちがいありません。それに、ウサギさんのぬいぐるみを肩ぐるましているなんて、どうやって説明すればいいのでしょう。
「そんな格好でどうしたんだい」
 姉やは、亞里亞ちゃんの不安なんてちっとも気づかない様子で踊り場まで下りてきました。そして、亞里亞ちゃんとウサギさんを交互にながめたと思うと、
「もしかして、トイレに行くのが怖かったのかな」
「亞里亞は怖くなんかないの」
 亞里亞ちゃんはつい言い返してしまいました。
「亞里亞は雛子ちゃんじゃないの。暗いところはぜんぜん怖くないから、だから、ひとりだけでも平気なのよ」
 雛子ちゃんは暗いところがきらいなので、夜に起きるときはたいてい咲耶ちゃんがいっしょです。だから、雛子ちゃんと同じみたいに言われるのはちょっとイヤだったのです。
「そうか。それはすまなかったね」
 姉やは亞里亞ちゃんの頭に手をのばしましたが、どうやらウサギさんがじゃまだったらしくて、結局、亞里亞ちゃんの代わりにウサギさんの頭をなでました。
「でも、それならどうしてこの子を連れてきたんだい。シーツまで羽織って、まるでどこかにお出掛けするみたいだね」
 亞里亞ちゃんはびっくりして姉やを見上げました。もしかして、亞里亞ちゃんの考えていることがわかるのでしょうか。
「姉やは、どうしてそう思ったの?」
 亞里亞ちゃんがおそるおそるたずねると、姉やは少し笑ってからやさしい声で言いました。
「満月といえばウサギさんだからね。だから、亞里亞くんの気持ちはよくわかるよ」
「ふぅん……」
 どうして「満月といえばウサギさん」なのかよくわかりませんでしたが、亞里亞ちゃんはとりあえずお返事をすることにしました。今はお外に出るほうが大事だったのです。それに、四葉ちゃんのようにいつまでも質問していると、『ボケツ』という目に見えない穴をほってしまってそこから出られなくなってしまうからです。
「では、行こうか」
 姉やは亞里亞ちゃんよりも先に階段を下りてゆきます。
「みんなに見つかってしまってからでは遅いからね」
「どこに行くの?」
 すると姉やは振り返って、さっきと同じ不思議そうな顔で亞里亞ちゃんを見ました。
「もしかして、トイレに起きただけなのかい? 私はてっきり、外へ散歩に行くものと――」
「ううん、おさんぽ。亞里亞、おさんぽに行くの」
 亞里亞ちゃんはあわてて言い直して、姉やのあとを静かに追いかけました。





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