真夜中におさんぽ
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お家へ戻ってくると、お月さまは西のほうへとかたむいていました。
身体はぽかぽかと温かいのですが、ジュースの缶をにぎった手のひらだけはひんやりしています。ウサギさん用にもう一本買ってもらったのです。
「姉や、こっち。こっちなの」
亞里亞ちゃんは姉やの手を引いて裏庭へ回りこみます。みんなを起こさないようにそうっと。でも、できるだけ急いで。
「ああ。あのブナの木だね」
亞里亞ちゃんが教える前に姉やが指差しました。今歩いている場所からはウサギさんは葉っぱにかくれて見えませんが、そのかわりに風船が浮かんでいるのが見えます。
「青い風船か……」
言いながら、姉やが目を細くするのがわかりました。
「どうかしたの?」
「いや、何でもないよ」
二人は大きなブナの木の下につきました。見上げると、いくつも重なった枝のずっと奥のほうに白いものがちらちらと動いているのがわかります。
「ほら。亞里亞の言うこと、本当だったでしょ?」
「……そうだね」
ぼんやりした声で姉やがうなずきました。
姉やはさっきからちょっと様子が変です。亞里亞ちゃんの言葉を信じてくれて、こうしていっしょに来てくれたのですが、でも、亞里亞ちゃんが公園で耳打ちしたときから考えごとばかりしているようです。亞里亞ちゃんが話しかけてもお返事がなかったり、もう一度聞きなおしてきたり。
「でも、どうやって助けてあげればいいのかな。姉やは、木登りって上手?」
姉やは首を横に振りました。
「衛くんでも少し難しいだろうね」
「じゃあ、はしごをかけてあげたら――」
「この高さでは普通の梯子も届かないな」
「呼んだら、下りてきてくれるかな?」
「耳がいいから、驚いて足を踏み外してしまうよ」
「……くすん」
何を言っても悪いお返事ばかり返ってくるので、亞里亞ちゃんはだんだん悲しくなってきました。
「すまない」
答える姉やの声もどこか悲しそうです。
「私も、この状況をどう受け止めればいいのか、よくわからないんだ……」
姉やはウサギさんを見上げて、落ちてくるところを受け止めるかのように、ゆっくりと両手をのばしました。
すると、そのとき。
まわりの木がいっせいにざわめいたと思うと、とても強い風が大急ぎで駆け抜けてゆきます。
そして、亞里亞ちゃんは見ました。木を離れた風船が、ふわふわと浮かび上がってゆくのを。
「あっ……!」
亞里亞ちゃんは手をのばしますが、もちろん届くはずがありません。どんどん、どんどんと高くのぼって、青い風船が紺色の夜空に溶けこんでゆきます。そして、とうとう見えないお星さまになってしまいました。
「……ウサギさんは?」
姉やのほうを見ると、姉やは手をのばしたままの格好で立っていました。手と手の間にはしっかりとウサギさんがつかまえられています。
「ウサギさん、大丈夫?」
でも、亞里亞ちゃんのよろこびもほんの少しの間だけでした。よくよく見ると、それは明らかに違っていたのです。
「その子、ぬいぐるみだったのね……」
姉やは、さっきまでと変わらない表情で「ああ」と返事をしました。
腕を下ろした姉やが手を開いて見せてくれます。ぬいぐるみは両手の上に乗るぐらいの大きさでした。
そして、亞里亞ちゃんは不思議なことに気づきます。
「この子って、大きさは違うけど、姉やのお部屋にいる子とそっくりね」
「まさか。それはないさ」
姉やはぶんぶんと首を振りました。あまり姉やらしくない仕草です。
「ぬいぐるみは同じものがたくさん作られる。だから、そんなはずはないさ」
でも、姉やがぬいぐるみをなでる手つきは、亞里亞ちゃんの頭をなでるときと同じぐらいやさしいのです。なでながら、姉やはひとりごとのようにつぶやきます。
「しかし、他ならぬ亞里亞くんがこれを見出してくれるとはね……。やはり、信じないわけにはいかないのかもしれないが、しかし、それにしてはとても――」
「とても?」
勝手に亞里亞ちゃんが聞き返したので、姉やはとてもびっくりしたようです。それでも、いつものようにやさしく笑いながら、確かな声でこう言いました。
「とても……とても長い散歩をしていたんだ。この子は」
汚れがひとつもない真っ白な身体を、姉やはいつまでもなで続けていました。
Fin.