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 〜 花穂の場合(6) 〜


  *


 その日の夕食は、食事当番の白雪による手羽先の香草焼きがメインディッシュ。三種類も用意されたベリーソースの甘酸っぱさと、手羽先に擦りこまれたハーブソルトのしょっぱさとが絶妙なハーモニーを奏で、花穂の食欲を際限なく掻き立てる。
「花穂ちゃん、もうそのへんにしておいたら?」
 隣の衛がナプキンを差し出して口元をぬぐうジェスチャーをするが、花穂は骨をしゃぶりながら「どんな方法でお兄ちゃまを踏んづけるか」を考えるのに夢中で全く気づかない。
 ――ただ転ばせるだけじゃつまらないし、「花穂の足をなめて」って命令すればいいのかな。でも、それだとお兄ちゃまを喜ばせちゃうだけだから花穂的にはあんまりよくないかも。足だけじゃなくて、言葉でもいじめてあげてみたらどうかな。「みんなにバレてもいいの? はずかしくないの?」っていう感じで。
 衛に賛同して頷いた白雪が、半ば呆れた口調で先を続ける。
「そうですの。このままだとにいさまたちの分が無くなってしまいますの」
「へっ?」
 ようやく我に返った花穂は、自分の皿に山盛りになった骨を見て、ええっ、と改めて驚く。
「あ、あれっ? いつの間に衛ちゃんのお皿と入れ替わったの?」
「最初からずっと花穂くんの取り皿だよ」
 向かい側の千影がティーカップを自分の口に運ぶ。改めてぐるっと見回した食卓は、既に食後のお茶の時間になっていた。ただし、いくつかの空席を除いては。具体的には、四葉と鈴凛、春歌、そして兄。
「それにしても春歌ちゃんも律儀よねぇ。何もこんなタイミングでお説教しなくたって」
 咲耶がそう言いながら肩をすくめると、千影にしては珍しく、咲耶の意見に賛成した。
「全くだね。せめて食事ぐらいは皆で揃って摂りたいものだ」
 ちょうどそのタイミングで廊下の方から春歌の怒声が響く。千影がすかさずため息交じりに付け加える。「ついでに適度な静けさも」
「へえぇ、千影にしては珍しいこと言うじゃない。昔は食事の時間になってもなかなか下りて来なかったくせに」
 皮肉を鼻で軽くあしらった千影は、おもむろに春歌の声の方を向いてこうつぶやいた。
「しかし、本当にいつまで続ける気なのやら」
 春歌のお説教が始まってから結構な時間が経っている。花穂は左手を指折りながら数えた。交番からお兄ちゃまに電話が掛かってきて、鈴凛ちゃんと四葉ちゃんを迎えに行ったのがニュースのスポーツコーナーが始まってすぐ。それからミカエルが戻ってきて、ニュースが終わってテレビを消して、それからお兄ちゃまたちが戻ってきて怖い顔した春歌ちゃんが玄関に出ていったから――
「かーほーちゃん。それ以上食べたらまたユニフォームがキツくなるよ。新しいの、もらったばかりなんでしょ?」
 衛の声でハッと気がつくと、花穂の手は自分でも知らぬ間に手羽先へと伸びていた。
「えへへ。花穂、ちょっと考えごとしてたから」
 花穂の愛想笑いに一瞬きな臭そうな顔をする衛だが、すぐに気を取り直して「それに、ほら。お口のまわりにソースがついたままだよ」と花穂の口をナプキンでぬぐった。
「この様子だとまだまだ長引きそうだし、ねぇ、白雪ちゃん。とりあえず、一度下げちゃったら?」
 咲耶の提案に不本意そうに頷く白雪だが、そこへすっと手を上げて割り込んだのが可憐だった。
「でしたら、可憐がお兄ちゃんのところへ持って行ってあげます」
「持って行ってどうするつもりですの?」
「そうよ、可憐ちゃん。今持って行っても、ミカエルにおあずけを命令したまま寝ちゃうようなものじゃない。かといって、お説教されながら手を伸ばすわけにもいかないでしょうし」
「じゃあ、可憐がお兄ちゃんに食べさせてあげます」
「お兄様にだけ?」
「もちろんです。だって、お兄ちゃんが叱られるなんてそんなのおかしいと思いませんか。四葉ちゃんたちがあの変なので走り回らなければお巡りさんに捕まることもなかったし、連帯責任で春歌ちゃんにお説教なんかされずに済んだんですよ?」
 でも、元々はお兄ちゃまのせいなんだけどな、と花穂は心の中でつぶやく。それは他の姉妹たちも同じらしく、咲耶を始めとする何人か――というより、可憐と亞里亞と雛子を除いた全員――はさりげなく眉をひそめ、それとなく異議を示した。可憐の思い込みの激しさは時として春歌以上で、千影との言い争いには嬉々として応じる咲耶も、可憐が相手となるとトーンは数段落ちる。
「だけど、亞里亞ちゃんの運動靴ぐらいで大騒ぎしたのは他ならぬお兄様でしょ」
「ぐらいって、そんな言い方、ちょっとひどすぎます。そうでしょ、亞里亞ちゃん?」
 しかし、当の亞里亞はといえば、三種のベリーソースとミルクティーの組み合わせにすっかり夢中らしかった。酸味の強いラズベリーソースをひと舐めして顔を「うーっ」とさせたと思うと、すぐさまお砂糖四つのミルクティーを口に含んでほっと表情を緩める。次はブルーベリー、その次はクランベリーという風にローテーションで。ソースを舐めるそのたびに顔をしかめるので、飲み屋でちびちびやっているサラリーマンのようだ。
 ややあって、咲耶がもごもごと言い訳を口にする。
「……まあ、亞里亞ちゃんは育った環境が環境だから」
「ともかく、お兄ちゃんは物を大切にする人なんです。その証拠に、お兄ちゃんは可憐が小さい頃に履いてた靴をずっと大事に持っていてくれているんですよ。あれは確か――」
「あー、はいはい。それは後でじっくり聞いてあげるから」
「わかりました。じゃあ、そういうことで」
 と、可憐が手羽先を盛った皿を手に立ち上がろうとするが、咲耶が椅子を蹴って立ち上がり、その行く手を阻む。
「いやいやいや、ちょっと待って待って待ってってば」
「まだ他に何かあるんですか?」
 可憐があからさまに嫌そうな声を出す。
「いや、だからね、春歌ちゃんも差し置いてお兄様にだけっていうのはさすがにどうかと思うんだけど」
「そんなにおかしいですか? 春歌ちゃんは自分から進んであんなことをしているんですから、別にこれぐらいは平気ですよ」
「それに、こんなのどうやって食べさせるつもり? 手羽先なんてお箸で取りにくいでしょうに」
「それはその……」可憐は不意に頬を赤らめ、打って変わって小さな声でこう告げる。「可憐の手で、直接お兄ちゃんのお口に」
 その瞬間、花穂の脳裏にふっと浮かび上がったのは『あのこと』だった。
 同じ骨付きでも普通のフライドチキンとはまるで違う。あの小さな手羽先からそれほど量の多くないお肉を食べようと思えば、それこそ一心不乱にむしゃぶりつかねばならない。ただでさえ骨が折れるというのに、他人の手から食べるとなると一体どうなるか。深く考えずともその答えはすぐに出る。
 これもまた皆の導き出した結論は同じらしく、口々に可憐を説得し始める。
「ダメですよ、可憐ちゃん。そんなことしたら、兄上様がミカエルみたいになってしまいます。……今も似たようなものですけど」
「そうだよ。ボクが自分の手で持っても食べにくいのに、他人の手からなんて、その……変なことになっちゃうと思うけど」
「衛くんの言う通りだね。食べさせるどころか、下手をすると逆に食べられてしまいかねない。まあ、どうしてもと言うのなら止めはしないが」
「ちゃんと止めなさいって、千影。とにかく、衛生的な観点からも手から直接っていうのは止めるべきね」
「それに、おソースはどうするつもりですの? 手羽先に合うように作ってますけど、可憐ちゃんの手に合うかどうかは――」
 あ、それいいかも、と花穂は頭のメモ帳に書き留めておく。つま先を突き出してただ舐めさせるだけじゃ、おいしくも面白くもないもんね。
 その間にも咲耶たちの連携口撃が続き、結局「みんながどうしてもと言うのなら」という可憐の言葉を引き出してこの場はひとまず収まった。
「でも、春歌ちゃんのおせっきょうってまだ終わらないよね」
 雛子の指摘に耳を傾けると、廊下の方角からは未だに春歌の怒声が響いてくる。かれこれ三十分は経っているというのにその鋭さは相変わらずだ。
「彼女にも困ったものだね。まあ、一番の原因は兄くんにあるんだが」
「ホント仕方ないわね。ねぇ、白雪ちゃん。白雪ちゃんには悪いんだけど、一度片付けてしまわない? お風呂とか入らなきゃいけないし」
「んもう。あつあつのうちにおいしく食べてもらいたかったですのに」
 ぶつぶつと小言を漏らしながらも白雪が立ち上がると、それを合図に後片付けが始まる。それぞれが自分の使った食器を運んで行く中、亞里亞だけはティーカップとスプーンを手放そうとしない。
「ね、亞里亞ちゃん。亞里亞ちゃんもヒナといっしょにお手伝いしよ?」
 しかし、亞里亞は首をぷるぷると左右に振るばかり。
「すまないな、雛子くん。亞里亞くんの分は私がやっておくから」
「えーっ、そんなのダメだよ。いつも千影ちゃんがやってあげてばかりだから、だから亞里亞ちゃんはひとりで何もしようとしないんだよ。それに、今夜の亞里亞ちゃんはヒナといっしょにお風呂に入る約束してるもん」
「本当なのかい?」
 千影の問い掛けに、亞里亞はようやくこくんと頷いた。しかし、にも関わらず千影の反応は鈍い。
「そうは言うが亞里亞くんはまだお茶を楽しみたいらしいし、かといって強引に下げるというのも――」
 この絶好のチャンスを逃す花穂ではなかった。
「あっ。それじゃあ、花穂が代わりにやってあげるね」
 勢いよく立ち上がると、ラズベリーソースの入った小皿を素早くさらって他の食器と一緒にまとめて持ち上げる。くすん、という抗議の声は聞かなかったふりをし、いそいそとキッチンに逃げ込んだ。そして、小皿だけを手の内側に隠し持って残りをシンクへ置くと、何気ない風を装ってそのまま廊下へと逃げ出した。
 あとは春歌のお説教が終わるのを待つばかり。
 花穂は臨時の説教部屋となっている応接ルームに近づき、中の様子をそっとうかがう。まず目に入ったのは、正座でピンと伸びた春歌の背中だった。続いてその向こうに鈴凛、兄、四葉の順で横一列に、こちらも正座だが、その姿勢は春歌と比べるべくもない。つなぎを着たままの鈴凛と四葉は今にもぺしゃんこに潰れてしまいそうだし、兄は兄で両隣の背中を覗き込むような仕草を繰り返していてひどく落ち着きがない。ぜんぜん辛そうに見えないのは、やっぱりお兄ちゃまがまぞだからだね――花穂は確信を強め、うんうんと頷いた。
「兄君さまっ!」
 不意の鋭い一喝に兄と四葉、そして花穂までもが一斉に飛び上がった。
「先ほどから一体何ですか。ワタクシの話などそっちのけで後ろ手にこそこそと」
 しかし、兄は悪びれた様子もなくこう言ってのける。
「ああ、ごめんごめん。正座慣れしてない四葉に、足の痺れないおまじないをしてあげててさ」
「アタシにはしてくれないの?」
「つま先が痺れるのは精神力が足りないからですわ。何事にも気合が大事です。気合が」
「だから、ジャーマンのフットボールは見てておもしろくないのデスね。なるほどチェキほど」
「そういうイングランドはロングボールの多用で、だから優勝からも遠ざかっているのですね」
「ねぇ、ア・タ・シ・は?」
 鈴凛が正座をしたまま隣の兄に体当たりをぶちかます。その巻き添えを食った四葉が「わひゃあ!」と大袈裟に倒れ込んだ。
「さっきからちらちらと後ろを見てるくせに何もしてこないしさ。四葉ちゃんにだけってちょっとズルくない?」
 すると、待ってましたとばかりに兄の目が輝く。
「……いいの?」
「いいけど、どんなおまじない?」
「簡単だよ。足の親指の裏に何度も唾をつけて――」
「ごめん、やっぱ遠慮しとく」
 鈴凛はよそよそしさも露わに膝で立って兄と距離を置く。
「いやいや、そんなこと言わずにぺろっとちょっとだけ」
「そんなの自分でやるから」
「兄チャマぁ、四葉の足がビリビリでもう大変デスぅー。だから早くおまじないしてくだサーイ」
 逃げる鈴凛に手を伸ばす兄にすり寄る四葉。その瞬間、春歌の背中が怒りに膨らんだような気がして花穂は思わず首をすくめた。今にも大爆発を起こしそうな気配に逃げ支度を始める花穂だったが、
「――とにかく」
 と、怒りを押し殺した春歌の声にそろそろと腰を落ち着かせた。
「今回のような暴走行為は金輪際慎みますように。今回は警察の方も注意だけで済ませてくださいましたけど、本来ならば逮捕されていてもおかしくなかったのですから」
「逮捕って、そんな大袈裟な――」
 軽口を叩きかける鈴凛だったが、春歌に向き直られて貝のように口を閉じた。
「逮捕も捕縛も収監も変わりありません。一族から犯罪者を出したとあっては末代までの恥ですわ」
 しかし、鈴凛は反撃を諦めない。不服そうに顔を俯かせ、じとっと上目を使う。
「でも、明確に罪状出されたわけじゃないしさ。強いて言うなら迷惑行為?」
 くいっと器用に片眉だけ上げて問い掛ける鈴凛。ど真ん中の剛速球に春歌が息を詰まらせるのが肩の動きでわかった。球の威力に気をよくした鈴凛はすかさずもう一球。
「あー、そういえば、新顔の運送屋さんを競技用の薙刀で叩きのめした人って誰かいなかったっけ。帰国子女ってことでずいぶん大目に見てもらったらしいけど」
「あ、あれは正当防衛ですわ。誰も出てこないからと女子供ばかりの家屋敷の裏庭に回り込むなど、まさに不審人物の極みです」
「だけど、いきなりアンブッシュなんてとびきりアンフェアデスよ。捜査の基本はまず聞き込みから。いきなり襲い掛かるなんて犯罪者のカミカゼにもなりマセン」
「それを言うなら風上です! しかも、ワタクシを犯罪者呼ばわりするなど……」
 鈴凛の尻馬に乗っかった四葉をバッサリと切り捨てた春歌は、恐ろしくドスの効いた低い声を出した。
「あなた方に暴れられると、ワタクシまで同類に見られてしまうのです」
「奇遇ね。アタシも同じ意見よ。腕力と気力だけで解決する乱暴者と同じに見られたくなんかないわ」
「何ですって?」
「な、何よ。やる気?」
 それぞれ片膝をついて立ち上がろうとする二人だが、そこへ「まあまあまあまあ」と兄が割って入る。
「ケンカするほど仲がいいのはわかったから、何も今こんな状況でアピールしなくたって」
 春歌と鈴凛はどちらからともなく顔を見合わせ、不本意そうにぶすっと押し黙った。仲良しとはいえないが、かといって仲の悪さを自らアピールする必要もないのでとりあえず誤解させたままにしておこう――そんな感じだろうか。
 そうとも知らない兄は急に真面目くさった表情になり、深刻ぶった声色でこう続けた。
「第一、正座しながらそんなにカッカしてるとつま先の健康にもよくないよ」
 つま先というキーワードが彼の口から飛び出た途端、四葉を除く姉妹がいっせいに身体をビクつかせた。
「ん? どうしたんだい? 鈴凛も含めて皆わけがわからないって顔してるけど、もしかして解説が必要だったりするのかな?」
 ようやくこの場に漂う空気が読めてきたらしいが、やはり兄は兄だった。沈黙を承諾の証と受け取るや、得意げに説明を始める。
「足の裏が第二の心臓と呼ばれるぐらいに重要な箇所だということは現在の総理大臣の名前ぐらいに常識だけど、問題はその重要さの割に比較的軽くみられていることなんだ。だってそうだろう? 心臓なら心臓科、胃腸なら胃腸科って具合で専門医がいるのにつま先にはつま先科やつま先医がいないんだからね。まあ、こればっかりは今後の医学界の良識に期待するしかないわけで、つまり当分の間は自分の力でつま先のケアをするしかないんだけど、まあ、ここで話がようやく戻るんだ。正座といえばつま先の痺れ。ファイトといえば一発、ゴホンとくれば龍角散、シャボン玉といえばホリデーというぐらいにこの二つは切っても切り離せない関係だけど――」
 この調子だと、話は当分終わりそうにない。普段はいるのかいないのかよくわからないぐらいに静かな兄がマシンガントークを展開しているということは、それだけつま先に思い入れがあるということだ。花穂は物陰に潜みながら、自分の見立ての正しさにほくそえんでいた。
 花穂の計画――お兄ちゃまいじめ計画。つま先が大好きなまぞお兄ちゃまのために花穂が頑張っていっぱいふみふみしちゃう、ただそれだけのプラン。
 どうやって二人きりになるか、とか、具体的にどうやってふみふみするか、とか、そもそもどういう流れでいじめるか、などなどほとんど何も考えていない行き当たりばったりそのものの計画なのだが、当の花穂自身はその落とし穴とも呼べない大穴に全く気づいていない。さっきの天才的な閃き――甘酸っぱいラズベリーソースでしょっぱいつま先をトッピング――を得た勢いそのままに動いているだけだ。
 普段なら敢えなく失敗するところだが、しかし、ドジの星の下に生まれた花穂にも時には幸運が訪れるもの。
 目配せで交渉していたらしい春歌と鈴凛がそろそろと立ち上がり、一体何事かと二人を交互に見上げる四葉に素早くさるぐつわを嵌め、それぞれ手首と足首を掴んで持ち上げまるで折り畳みの長机のように運び出し、そして兄がひとり取り残された。もちろん、その間も兄の講義は続いている。恐ろしいまでの集中力と信念だ。
 花穂は周囲の人影を確かめて物陰から忍び出ると、後ろ手にそっと扉を閉めてから春歌のいた場所にさりげなく正座した。
「――よく考えてみてよ。つま先が押し潰されて血行が阻害されているところに勢いよく血が流れるんだよ? そんなの身体に悪いに決まってるじゃないか。同じようなことが本物の心臓で起きたら不整脈で即入院コースなのに、つま先ではそれがない。つま先すごい。つま先ブラボー。故につま先ラブ。でも、だからといってそう何度も繰り返していいものじゃないんだ。例え末端といえど、否、末端だからこそ第二の心臓は全て慈しまなければならない。そう、僕は常々思ってるんだけど、その観点から見るとつま先に余計な負担を強いる正座は実に悪しき慣習だと思うんだ。ああ、もちろん春歌が言いたいことはわかるよ。異論があるかもしれないけど、でも、お稽古事の度に春歌のつま先に悪影響を及ぼしているのは紛れもない事実なんだ。もちろん春歌の邪魔をするつもりはないけど、唯一それだけが僕の不安の種でね……だから、僕を安心させるためにもこの機会に春歌のつま先を一度じっくりと見せて――」
 そこでようやく顔を上げた兄は、花穂の姿を見るなり「うわぁっ!」と飛び上がった。





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